歴史

富田林寺内町(とんだばやしじないまち)<富田林市>

所在地
大阪府富田林市富田林町
電話番号
-

富田林寺内町は、京都や奈良などに残る、16世紀半ばの戦国時代に誕生した町屋風情で、宗教・商業都市です。
江戸時代の頃より江戸幕府直轄地として栄えた街並みは、大阪で唯一、関西でも数少ない「江戸の街並みを丸ごと残す町」として今もなおその姿を見たりふれたりすることができます。

永禄初年頃(永禄年間1558~1570年)本願寺一家衆の京都興正寺第16世の証秀上人(しょうしゅうしょうにん)が、興正寺別院の御堂を建立し、近隣4か村の庄屋株が中心となり開発を進め、町全体を仏法の及ぶ空間、寺院の境内と見なして信者らが生活をともにする宗教自治都市「じないまち」を作り上げられました。
また、商業都市としても、東高野街道と千早街道が交差する陸運と地域に流れる一級河川「石川」の水運に恵まれた地域で農業や産業が盛んになり、商業都市として大いに発展しました。
金剛山地から湧き出る名水が流れ出る地下水や井戸水を使った農業や酒造りなどが盛んだったそうです。

【富田林寺内町や富田林市にまつわる産業】
稲作や綿栽培などを行う農業
採取された綿を加工して生まれた「河内木綿」
竹細工や酒造りなどを中心に行われた製造業
京都を中心にお寺や神社などの建物を支えた宮大工が集まる建築業
など

1688年の記録から、当時は51種・149件の店舗があったと記録されています。

その他にも、寺内町区域内には、江戸時代に作られたその名残が残っていることでも有名です。
【昔からの名残】
あてまげの道・・・侵入者を防いでたくねくねと曲がった道。
背割水路・・・下水処理が行われていた排水設備。
城之門筋・・・メインストリートで約400m続く道。「日本の道100選」にも選ばれています。

町は、富田林御坊(とんだばやしごぼう)として知られる「興正寺別院(こうしょうじべついん)」を中心に整然と並ぶ六筋七町(後に六筋八町)で、宅地や畠(はたけ)などが計画的に配置されました。

 

広さは東西約400メートル、南北約350メートルで現在の富田林町にほぼ相当し、伝統的建造物が221棟現存している保存地区。そのほとんどが住居として現在も人が住んでいる地区になります。
今もこの町割の区画はほぼ元の姿をとどめており、派手さはないが日本の原風景が息づいている街並みで、撮影で使われるような昔ながらの建物が並ぶ風情にタイムスリップした気分になれます。実際にドラマや映画などのロケ地としても撮影で使われています。

そんな区画自体が、文化財の中でも特に街並みや区画、地区自体を保存して残し伝えて行くため、大変価値の高いものとして国から大阪で唯一の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建<じゅうでんけん>)」に指定されています。
※他の地域での例としては、関西でいうと、京都は祇園や南丹、滋賀は彦根や近江、兵庫は丹波篠山、奈良は五條市や橿原市などが指定されています。

重要伝統的建造物群保存地区について

町の中には、古き良き古民家を生かしたお店があり、新しいお店や個性的なお店もあるので街中を散策しながらグルメやショッピングも楽しめるお店もあるので、歴史を感じ楽しみながらお店に立ち寄ったり風景を眺めたりしながら癒されてみてくださいね。

スポット情報

名称 富田林寺内町
所在地 大阪府富田林市富田林町
大きな地図はこちらから。

アクセス 近鉄南大阪線「富田林駅」より徒歩10分
サイトURL 富田林寺内町公式サイト
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