歴史

檜尾山 観心寺(ひのおさん かんしんじ)<河内長野市>

所在地
大阪府河内長野市寺元475
電話番号
0721-62-2134

檜尾山 観心寺は大阪府河内長野市寺元にある高野山真言宗の遺跡本山の寺院で、如意輪観音(にょいりんかんのん)を御本尊とされています。

寺伝によると、大宝元年(701年)に役小角(えんのおづぬ)<役行者(えんのぎょうじゃ)>によって創建されたと言われています。
当初の寺名は「雲心寺(うんしんじ)」と称したとされているそうです。

その後、808年(大同3年)に空海がこの地を訪れ、北斗七星を勧請したと言われています。これにちなんだ七つの「星塚」が現在も境内にあり、立体の七星如意輪曼荼羅(しちせいにょいりんまんだら)を構成しているそうです。
なお、日本で北斗七星を祀る寺は観心寺が唯一だそうです。

815年(弘仁6年)に、空海が再びこの地を訪れ、如意輪観音像を刻んで安置されたそうで、その時に今の「観心寺」の寺号を与えたと言われています。
また、当寺は空海が高野山を開くための拠点として整備したとも伝えられています。

新西国三十三箇所客番札所にも数えられ、観光名所として年間多くの方が訪れます。
また、日本遺産『中世に出逢えるまち ~千年にわたり護られてきた中世文化遺産の宝庫~』の構成文化財のひとつにも認定されています。
「大阪みどりの百選」に選定されています。

【境 内】
・鐘 堂
・牛滝堂
・霊宝館
・宝 蔵
・弁天堂
・行者堂
・阿弥陀堂
・弘法大師礼拝石
・星 塚 – 七つあり、北斗七星如意輪曼荼羅となっています。
・道興大師御廟
・楠木正成首塚 – 湊川の戦いの後に足利尊氏が当寺に届けさせたという楠木正成の首を埋めたという塚。
・後村上天皇桧尾陵
・阿野廉子(新待賢門院)の墓 – コウボ坂陵墓参考地。
・後村上天皇御旧跡 – 旧惣持院跡。
・中 院 – 塔頭。楠公学問所。幼少期の楠木正成が龍覚を師としてここで仏道修行をしたという。
・本 坊 – 旧槙本院。
・書 院 – 1647年(正保4年)再建。
・庫 裏 – 1647年(正保4年)再建。現在は「創作精進料理店 KU-RI(くり)」。
・勅使門
・梅 園 – 梅のほかにも桜や紅葉などが植えられています。
・楠木正成像

<重要文化財>
・金 堂(国宝)
・建掛塔(重要文化財)- 1502年(文亀2年)再建。もともとあった堂は楠木正成が三重塔を建立しようと建築に着工したところ討死してしまい、一重目を造り終えたところで工事が中止され、仏堂に改築されたものだそうです。焼失後、同じような形式で再建されたそうです。
・訶梨帝母天堂(鎮守堂)- 1549年(天文18年)再建。
・鎮守堂拝殿(大阪府指定有形文化財) – 1744年(延享元年)再建。
・恩賜講堂 – 1930年(昭和5年)移築・改造。昭和天皇即位大典のために京都御苑内に建てられた大饗宴場の一部を移築・改造したもの。
・御影堂(大師堂、大阪府指定有形文化財) – 江戸時代中期再建。
・開山堂(本願堂、大阪府指定有形文化財) – 1646年(正保3年)再建。
・持仏堂(大阪府指定有形文化財)- 1642年(寛永19年)再建。
・中 門(大阪府指定有形文化財)- 1644年(寛永21年)再建。
・山門(大門、大阪府指定有形文化財)- 1659年(万治2年)再建。

スポット情報

名 称 檜尾山 観心寺(ひのおさん かんしんじ)
宗 派 高野山真言宗 遺跡本山
所在地 大阪府河内長野市寺元475
大きな地図はこちらから。

拝観時間 9:00~17:00
拝観料 大 人 300円
小中学生100円
※30人以上で団体割引
※毎年4月17日と18日は
御本尊御開帳日(10:00~16:00)につき
特別拝観料として1,000円を頂戴いたします。
駐車場 あり
電話番号 0721-62-2134
アクセス 南海高野線・近鉄河内「長野駅」下車。
南海バス「小吹台行・金剛山行」にて
「観心寺」バス停で下車すぐ。
サイトURL 公式WEBサイト
創作精進料理KU-RI(庫裏) 
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